雑文その1。

先日のハロー冬ライブのとある日のMCを見聞きしてからどうにもニヤニヤしてしまった挙句書いてしまったものです。
お暇な時にでも。
初めて出会った時から、この娘は別の場所に行くべきなんだとわかってた。

母に連れられ姉と共にその家の戸をくぐった時、出迎えてくれた少女。はにかみながら差し出された手。
「わたし、いつも一人だったから、歳の近いお姉さまができて嬉しい。よろしくね!」明るい笑顔に戸惑いながら、その手を握った。

あれから数年。父が亡くなり、我が家の空気は一変した。

「あの人が遺した借金ときたら。そろそろあの娘の宝石も売らなきゃならないかもね」この頃母はこの事ばかり口にする。確かにあらかためぼしいものは処分してしまっているのだが。「まあ大した価値になりゃしないだろうけど、でもねぇ」「価値がないなら売っても仕方ないでしょ。一応あの娘の資産なんだし」「まあね…ところであの娘はどこまで買い物に行ってるんだい。もうすぐ夕飯の時間だってのに」
爪の装飾を気にしながら気の無い相槌を打っていた姉がふと顔を上げた。「そう言えば母さん、継母子が着飾って実の娘を貧しい身なりにしてるって評判みたいよ。私たちの衣装を先に売った方がいいんじゃない?」「それはいけません。例え財がなくても、見かけだけでも綺麗にしておかないとね。私たちがあの人の家名を貶める訳にはいかないから」そう言って母が目をやった先には、先年没した義父の肖像画が飾られていた。「大体、あの娘ときたら、世間知らずでぼんやりしてて、そんなところばかりあの人に似てるんだから…」母の愚痴が始まりそうになった時、居間の戸が開かれた。頬を赤くした少女が息を切らせている。「ごめんなさい、遅くなりました」「待ちくたびれたよ。どこほっつき歩いてたんだい」「申し訳ありません、お義母様。今お夕飯の準備をしますので」「早くしておくれよ」
(まったく、愚痴るくらいなら自分たちで作ればいいのに)内心思ったことが顔に出ただろうか、長椅子から立ち上がった私をちらりと姉が見た。「手伝うの?」「違うよ、本を取りに行くだけ」片頬を上げて手をヒラヒラと振る姉を尻目に居間を後にし、自室に向かう途中で台所を見やると先ほどの少女が疲れたように椅子に座り込んでいる。(やれやれ)中に入り肩掛け籠の中から買い物を取り出そうとすると彼女が目を開けた。「ごめんなさい義姉さま、すぐに用意しますから」立とうとしてよろける肩を強引に押留めて座らせる。「いいから座って。今日の献立は?」「魚とほうれん草と…でも義姉さま、本当に私やりますから…」言いかけて咳き込む彼女を再び留めようとして、扉の隙間から姉がいたずらっぽく笑っているのに気付き、邪険に言い添える。「外から病気持ち込まれたりしたら困るのよ。今夜の夕飯作りはいいから、部屋に行ってな」「…ごめんなさい」肩を落とした少女が扉の向こうに去るのを確認し、私は息をついた。廊下の向こうで母と行き合ったらしく、何やらまくしたてる言葉を謝っている気配がする。(タイミング悪かったな)
少しして姉が台所に入ってきた。用意をする私の横でつまみ食いしながら横目でこちらを見る。「お母様ったらいじわるなんだから。あんな言い方したらあの娘泣いちゃうんじゃないのー?って感じ。そう言ったら“うるさいね、私は間違ったことは言っていないよ”だもんね」「で、どうせ姉さんもそれに追随したんでしょ」「まあねー。あの娘の不器用さは相当なもんだよ。あれじゃこの先うちが没落したら食べていけやしないって」言い置いて姉は天井を見上げた。自らを正当化する物言いには疑問ありではあるが、一部正しくはある。「私たちは貧しい生まれだものね、元に戻るだけだし」こちらの言葉に姉さんは頷きつつ、ため息をついた。「まぁ戻りたくはないけどねぇ、せっかく温かい寝床と美味しい食事が出来るようになったってのに」「姉さんは今のうちに玉の輿にのる準備しとけば」皮肉めかした響きにも気づかない風情で姉はにやりと笑った。「そうねぇーあんたも今度食事会に連れていってあげようか?」「いいよ、遠慮しとく。ボンボンどものご機嫌取るなんてゴメンだもん」「まああんたの場合、女子にもてて終わりそうだしね」「やめてよ!」投げつけたテーブル拭きを交わし、笑いながら去っていく姉をにらみつつ、私も盆を持ちドアを開けた。
母子での食事を終え、階段を上がる。一応屋敷としての体裁が整えられているが、それ故にあちこちから隙間風が入りこむこの季節、暖炉の熱のみでは到底暖房効果が及ばず、ぶるっと体を震わせながら廊下を歩き、目指す部屋に辿り着いた。扉を叩くと少しして咳き込みながら少女が戸を開けた。こちらの顔を見て驚いたように目を見開くのを尻目にさっさと部屋に入り込む。「相変わらず殺風景な部屋だね」周囲を見回しながら言うと彼女は困ったように笑った。小さくくしゃみをする様子を見やり、私は息をついた。「あんたの部屋、暖房がないからね」「それは義姉さまもでしょう?」それに、と彼女は微笑みを浮かべた。「わたしに屋根裏部屋が与えられているのは、実際には温かい場所だからでしょう?以前、出入りの煙突掃除屋さんに聞いたの」「あんたいいように考え過ぎ。屋根裏なんて普通召使いの部屋じゃん」そっけなく返しつつ、ふと先ほどの事が思い出された。廊下を歩いていた時聞こえてきた、母と姉の会話。
「今日もさぁ〜、街中で食事してちょっと席外してたら、あの娘のことウワサされてたよ」「そうかい。いじわるな義母と義姉にいじめられてるってかい」「気にした様子がないね」「うわさの一つやふたつ、どうだっていうんだい」少しの沈黙のあと、やや辞宜を正したような声音で姉は続けた。「…母さん、意外とあの娘が憐れまれて養子に貰われていくように冷たく当たってるんだったりして〜」「ふん、何を言ってるんだか。あんたもくだらない事ばかり言ってないでさっさとおやすみよ」「はーい」欠伸しつつ部屋を出ていく姉を見送り、母は台帳に目を落とした。と、「ほら、あんたもさっさと寝な」これだからあの人は油断できない。返事の代わりに壁を一つ叩き、私もその場を後にした。
物思いに沈んでいた私に、驚いたような義妹の声が届いた。「義姉さま、これ…」手にした盆に向けられた視線で我に返り、慌てて弁明する。「誤解しないでよね、風邪引かれても医者になんか連れていかないから。せいぜい栄養だけでも取って養生してもらわないと」粥の入った深皿と卵と砂糖を混ぜ込んだ酒の瓶を寝台脇の台に置くと、椀を手に包んだ義妹が微笑んだ。「あったかい…ありがとう」「…ふん。じゃ、さっさと寝なよ。治ったら休んでた分の家事してもらうからね」「はい、おやすみなさい。ありがとう、義姉さま」背を向けたまま軽く手を上げて部屋を出たところで、階段下の影に気づく。音を出さず口笛を吹く仕草をする姉に拳を上げながら私は急いで自室に戻った。
数日後、私たち母子はしばらく振りに華やいだ場所に来ていた。色とりどりの趣向が凝らされた品々、艶やかな衣装を身にまとった女性たち、鋭い値踏みの眼差しを礼儀正しい笑みで覆い隠した男性たちの群れ。楽団の演奏に乗って踊る人々を尻目に私たち姉妹はもっぱら栄養の摂取に務めていた。「正直こういう会って気が向かないのよね〜。どうせ成金家族って見られるだけだし」口先では気の無い素振りな癖に、本格的な化粧とここぞという時の衣装で着飾る姉を傍らで見やり、私は口を開いた。「そんなこと言って、まめに男に声かけてるじゃない、さすがだよ」「母さんがうるさいからねー。ま、伯爵様のお声かけによる舞踏会ともあって、イイ男も沢山集まってるし。ところで」一旦言葉を切った姉は呆れたような視線を向けてきた。「あんたは?もしかして母さんの目を盗んであの娘迎えに行こうとしてるとか?」図星を指されて渋い表情になったと思われる。「うるさいな、あの娘がきちんと働いているか見に行くだけだよ」我ながら険のあるだろう口調も気にせず、更に姉は爛漫に言葉を継いだ。「その籠はなーに?」「あーもー!」「わかったわかった、いってらっしゃい」こちらの振り上げた拳を交わしつつの姉のニヤニヤ笑いに送られて、私は来た道を逆に辿った。所謂領主様のお館と、私たちの屋敷は馬車で数分の場所にある。ちょうどのタイミングで空き車が来たため、さほどの時がかからず自宅に着いた。門を開け、扉を開いたところで人の話し声に気づいた。不審者か?静かに廊下端に身を寄せたところで、やり取りが台所からでその片方は義妹の声であることに気づいた。「この界隈の年頃の娘たちは皆呼ばれているだろうに…お前はいけないのかい?」首を傾げているのはこの界隈では見たことのない女性だ。年頃はちょうど姉と同じくらいだろうか、それにしてはやけに年寄りくさい口調が気になるが、それ以上に目についたのは全身黒づくめ、とがった帽子という特異な出で立ちだった。もしかしてあれは…。そして相手の如何にも怪しげな様子も気にせず義妹は会話を続けている。「でもお掃除もお洗濯も済んでいないから…ドレスも靴もないし」どうやら舞踏会の話をしているらしい。生真面目に断る義妹に、黒づくめの少女は身を乗り出した。「着るもの飾るものは用意してあげるよ。お前を虐げている義母も義姉もいないのだから、今のうちじゃないか」(虐げて…ま、否定は出来ないか)腕を組んで壁に凭れたところで、妹の鋭い口調が響いてきて私は身を起こした。「私、虐められてなんかいません!」(へ?)「はじめは、何もできなかったから叱られてばかりだったけど、それは私がお嬢様育ちで、これまで人任せにしてきてばかりだったから…。私、知ってるんです。昔、うちで働いていた人に偶然出会って、今の私の家、かなり苦しい状況だって。お父様が遺した借金を、お母様が少しずつ家宝を売り払いながらも何とか生活を保とうとしてるんだって。それでもそのうち、立ちいかなくなる時がくるだろうから、そんな時に私が路頭に迷わないように、手に技をつけられるよう、鍛えてくれているんだって」普段の口ごもりがちな様子が嘘のように捲し立てる義妹に気圧されつつ、私は可笑しくなった。(…いい方に捉えすぎだろ、あのお人よし。ぜったい母上のは嫉妬もあるんだって。姐さんは調子に乗ってあれこれ言いつけてるし)そんなこちらの思いに当然ながら気づくこともなく、義妹は言葉を続けている。「だから、お屋敷に行けなくていいんです。私、義母様とお義姉さま達をここで待って…」ここまで聞いたところで我慢できず私は台所の扉を開いた。「ばか!くれるっていうなら素直に貰いな!」「義姉さま!?」突然のこちらの姿に目を丸くして驚く義妹と、どうやら気づいていたらしくニヤニヤ笑いながらこちらを見やった黒い衣装の少女をみやりつつ、私は義妹に向けて続けた。「うちの現状わかってるって言ったね。だったら、あんた一人の食い扶持がなくなるだけども家計に助かるんだってこともわかるだろう?この人の言うとおり、舞踏会に行っていい男を見つけたらハ靴でもンカチでも何でも落としてくるんだよ。いいね」「でも、義姉さま…」「あんだだってたまには華やかな場所に行きたいだろ。いから早く行けって」戸惑い渋る義妹を半ば強引に着飾らせ(衣装類は黒づくめの少女が用意してくれていた)、待たせていた馬車に乗せて送り出した後で、黒い衣装の少女がぽつりと口にした。「…あんたも素直じゃないねぇ」「何が」「幸せになってほしいんだろ?あの娘に」「うるさいな」そっけない態度を気にした様子もなく、じゃ、あんたも戻りなよ、と事もなげに馬車を出現させ、去っていく少女(ちなみに退場は歩きだった。何故だ)を見送り、私も再びお屋敷に向かった。
(あいつ、魔女っぽいのは恰好だけかよ、全然掃除出来てないじゃん…まあいいけど)帰宅後、ため息をつきながら片付けをしていると扉が開く音が聞こえた。「あ、義姉さま!」「無事戻ったようだね」「ごめんなさい、家のこと全部は出来なくて…」こちらのホウキを取り上げようとする義妹を制し、その全身を見やった私は片方の靴が無いことに気づき、フッと笑った。(基本に忠実だな、あの姉ちゃん)尚も気にするような義妹にわざとつっけんどんに言葉を向ける。「目につく所は片してあったし、母さんたちはもう寝たから大丈夫でしょ、はいコレ」「え、これは…?」推し付けたバスケットを受け取り目を白黒させる様子に内心可笑しくなる。「不味いものばかりだったからあんたにも持って帰ってやったよ」「これ冷めても大丈夫なものばかり…ありがとう義姉さま!もしかして掃除も義姉さまが…?」「ごちゃごちゃ言ってないで、ちゃっちゃと食べてさっさと寝な!明日は早起きして今日出来てなかった場所すべて片付けるんだよ。あたしが全部チェックしてやるから」「え、朝から付いていてくださるのですね!」「単に見張るだけだって。じゃあおやすみ」「おやすみなさい!ありがとう義姉さま!」弾んだ足取りで部屋への階段を上る様子を見送り、私も自室に入った。
寝台に腰かけ、そしてそのまま仰向けになる。天井の上では今頃義妹が明日の準備をしているだろうか。(今日の展開で行くと、明日は多分、あの娘にとって重大なことが起こるだろう。その時、私が言うことは…)考えるうち、ふと初めて出会った時のことが思い出され、私は目を閉じた。

明くる日、食材を仕入れに出かけた義妹は、正装を着こんだ紳士2人に話しかけられたらしい。そのやり取りは想像するしかないが…。