鋏と糊は必要だ。だが、それだけで終わってしまっては話になるまい。評論も創作なのだから、そこから自己のものが立ち上がって来なければならない。

「〜前略〜あのね、話はちょっと変わるけど、評論や解説なんかだと、前の人の考えを引いてそれに対する自分の意見を述べるということは、どうしてもあるよね。〜中略〜だけど、そのタッチによっては、読んでてとっても嫌な気持ちになることがあるの。《誰々の考えは浅い。お粗末だ。わたしの優れた意見はこうだ》という調子の書き方に出くわした時、そうなるの。書いている当人は高揚しているんだろうけど、ただひたすら、その人が卑しく思える。本当に才能のある人が書いたんだったら、多分それでも、読んでてねじ伏せられちゃうと思うのね。天才だったらいわんやよ。だけど反対の時には救われない。ちゃんと自分の世界を持っている人の文章を、ただ裏返しただけのような薄っぺらな文章が攻撃していたりすることがある。結局はおぶさっているのに平気でしょってくれてる人の髪の毛を引っ張ってるような文章。本自体はよくても、そんな解説がついてるおかげで嫌になった全集もあるわ」
「ははあ、キミのその発言は予防線だな」
「そうなのそうなの。自分がそんな風になってることを、ひたすら恐れるわけだけれどね。〜後略〜」

北村薫『六の宮の姫君』より

つくづく、書くということは難しいことだなと思います。どんな形態にせよ。