晩秋の夜長てことで

最近買ったマンガ・本とか。

帝の至宝 第1巻 (花とゆめCOMICS)

帝の至宝 第1巻 (花とゆめCOMICS)

以前LaLaDX購入してた頃、キュートな絵柄とちょっとシニカルさも含んだ、でも微笑ましいストーリーの構成がいいなーと感じてた作家さんが初のコミックスを出されてておおーと思い手に取りました。現在も連載されてるという表題作は基本は直球なコミカルロマンスながらも物語の背景からして主人公達の今後が気になる。そして巻末に載っている数年前の読み切り『魔女にうさぎの人形を』は雑誌掲載時に読んで印象残ってた作品だったので再び本という形で目にすることが出来て嬉しかったです。両作ともに共通するのがストーリーの進み具合やエピソードの入れ方、物語世界の造形やキャラクターの描かれ方のバランスのよさで、読みやすく、その一方で心に残るものがあって、という感じでした。
ABC殺人事件 (創元推理文庫)

ABC殺人事件 (創元推理文庫)

前に古本屋にて30円(!)で買った角川文庫版(昭和37年発行)は持ってたんですが、創元推理文庫から“読みやすい文字組の新版”というのが出ててどんな感じなんだろう、と購入。読み比べると同じ箇所でも表現がかなり違って結構面白いです。例えば、久しぶりに会ったジャップ警部とのやり取りでカチンときてるヘイスティングズ大尉とポワロ(旧訳ではポアロ)との会話。
<角川>

「人のいいジャップ、かれもたいして変わっていないだろう?」と、ポアロがたずねた。
「ずいぶん老けたね」と、わたしはいった。「あなぐまのように灰色になったね」と、仕返しでもするように、つけ加えていった。
ポアロは、咳をしてから、いった。
「ねぇ、ヘイスティングズ、ちょっとした仕掛けがあるんだがね−わたしの床屋は、おそろしく起用な男でね−その仕掛けを頭の地にはりつけて、その上に、自分の髪の毛を撫でつけておくと−かつらじゃないんだ、よく、おわかりだろうが−しかし−」
ポアロ」と、わたしは大声でいった。「はっきりというが、きみのけしからん床屋のいまいましい発明なんかを、どうしようとも思わないよ。わたしの頭のてっぺんが、どうかしたというのかね?」
「なんでもない−いや、ぜんぜん、なんでもない」

それにしたところで、とにかく、ジャップとどういう関係があるというんだ?あの男は、いつだって、いやな、癪にさわる奴だった。それに、ユーモアのセンスもない。人がすわろうとしている時に、椅子が引っぱりのけられると、大声で笑うようなたちの男だ」
「たいていの人間が、それには笑うだろうね」
「すわろうとしている人間の立場からいえば、確かに、そうだね」
「そうそう」と、いくぶん機嫌をなおして、わたしはいった。(髪の毛が薄いことについて、過敏になっているということは、わたしも認める)

<創元推理>

「あいかわらずでしょう、あのジャップも。え?」ポワロがわたしに言った。
「だいぶ老けたようですがね」わたしは言い、それから意地悪く、「すっかり髪が灰色になって、まるでアナグマみたいだ」とつけくわえた。
ポワロは咳払いして、遠まわしに言った−
「じつはね、ヘイスティングズ、ちょっとした仕掛けがあるんですがね−わたしの行きつけの床屋なんだが、これがなかなか器用な男でして。その仕掛けを頭に貼りつけて、その上に自前の髪をなでつける。すると−いやいや、かつらじゃないんです。わかるでしょう?−ただ、その−」
「よしてください、ポワロ」わたしはどなった。「あなたのいまいましい床屋の発明だかなんだか知りませんが、そんなものはくそくらえだ。ぼくの頭のてっぺんが、いったいなんだって言うんです?」
「なんでもありません−なんでもありませんよ」

「それにね、どっちにしろジャップのお世話になんかなりませんよ。そうでしょう?だいたい、むかしから気にさわるやつだった。ぜんぜんユーモアってものを解さない。あれはね、だれかが腰かけようとする椅子を後ろからひっぱって、尻餅をつくのを笑って見ているたぐいの手合いです」
「まあたいていの人間はそれを見れば笑うでしょう」
「ユーモアでもなんでもありませんよ、そんなのは」
「まあね、すわろうとした本人から見れば、たしかにそのとおりでしょうな」
「それにしても」と、すこし機嫌を直して、わたしは言った(白状するが、髪の薄いことを言われると、われながら、いくらかむきになるきらいがあるのだ)。

なんか引用箇所的にヘイスティングズ大尉のコンプレックスをやたらと強調した感じになってますが、角川のどちらかといえば簡潔な表現、創元推理のナチュラルな文章、さすがに50年近く前の訳の前者は古めかしいんですが、登場人物同士の会話や事件のカギとなるあたりの説明とかどちらともそれぞれに持ち味があるもんだなーと。